日本製アンティーク萬年筆 本文へジャンプ
万年筆コミュニティ(万年筆の歴史や情報を紹介します)

■昭和28年の万年筆広告・・・208.08.10
昭和28(1953)年の日本文具新聞に掲載された万年筆の広告です。「あなたの工場として・・」と、分業と協業によって日本製の万年筆が作られていたことが想像できます。
古い日本製の万年筆の構造には・・・208.08.10
古い日本製の万年筆の構造には、インクを直接軸の中に入れる「止メ式」(とめしき)やゴムサックの中に入れる「テコ式」と中押し式(なかおししき)がつくられていた。(左図)。現在は、カートリッジ式やコンバータ式が主流となっている。
 あまり見かけないが、ペン先が軸の中に入る「繰り出し式」(くりだししき)もつくられていた。

■万年筆とは・・・
万年筆とは、胴軸にインクが貯蔵され、ペン先で書くことができる携帯用の筆記具といえるでしょう。胴軸に蓄えられたインクは、毛細管現象によってペン芯からペン先に導かれて紙に到達します。理想の万年筆とは、インクが適量に出て文字などが心地よく書けるものではないでしょうか。
◇画像:アクリル製のふと軸の日本製の展示用の万年筆

■万年筆の起こり・・・羽ペンからフォンテンペンへ
インクを羽ペンにつけ、書いていたものを、英国人のフレデリック・ピー・フォルシュ氏が1809年、胴軸にインキを溜め、小穴の開閉によってインクの流出を調整する特許を取得、これが万年筆の始まりといわれている。同年、英国人のジョセフ・プラマー氏が銀製の胴軸の薄厚部分を押すことによりインキを流出することを考案、フォンテンペン(泉筆)と命名。。その後、1887年米国人のL・E・ウォーターマンがインキの流出を毛細管現象を応用することの特許取得、実用的な万年筆の歴史が始まった。
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■日本へ万年筆が輸入されたのは1897年
横浜のバンダイン商会はが1897年、米国からステログラフを輸入、針先泉筆と呼んで東京・丸善と伊藤古一堂から販売されたのが最初とされている。玉屋の主人は、挽物師の池田寅次郎に針先万年筆の製作を依頼、苦心の末にとうとう完成した。国産初の針先泉筆を販売した。後のスワン万年筆の伊藤農雄氏は、東京・横山町の文具店に卸して万年筆の企業経営にに乗り出した。
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